映画『荒野に希望の灯をともす』の監督、谷津 賢二氏より

2025年4月20日(日)、横須賀市文化会館大ホールでおこなわれた、ドキュメンタリー映画『荒野に希望の灯をともす』の監督谷津賢二さんより、メッセージエッセーをいただきました。

No.134 令和7年6月1日「16ミリ試写室だより」掲載

義の人、中村哲医師が私たちに遺したもの

映画監督 谷津 賢二

横須賀市文化会館での上映会にて「劇場版 荒野に希望の灯をともす」を観てくださった皆さまへ、改めて御礼を申し上げます。中村医師の温かく鮮烈な生き様が、人を励ます力があるからこそ、沢山の方々が観て下さったのだと思います。

では、中村医師のどんな生き様が皆さんを励ますのか? 私はこんなふうに考えます。中村医師の生き様は人が根源的に持つ「良心」を目覚めさせる力があるからだと。人は誰もが「良心」を持って生まれてくる。しかし、育った時代や環境など様々な要因で、「良心」は蓋をされ閉ざされてしまっている。そんな中で、自身の良心に従い他者のために働き、他者のために命を落とした、中村医師の鮮烈な生き様が、心の奥の「良心」の蓋を開けてくれるからだと思うのです。

私は取材者として21年にわたって、中村医師を見つめ続けました。そんな私が最も惹かれた中村医師の生きる姿勢、それはこんなことでした。民族も宗教も文化も違う人々から中村医師は強く敬愛されました。そして、民族も宗教も文化も違う人々を中村医師は深く慈しみました。両者の間には目には見えない、そしてカメラにも写らない、温かく強い絆がありました。ではなぜそんな絆を持つことが出来たのか。

中村医師は民族や宗教や文化の違いを越えて、人として一致できる「大切なもの」がある、と社会や人間を見る人でした。その「大切なもの」とはなんだったのか。それは「真心、良心、希望、平和…」こうした誰もが認めるものだったと思うのです。いま世界でも日本でも人の心が不寛容になり「真心、良心、希望、平和」などと言えば、あなたは頭がお花畑なのか、などと揶揄されます。そんな中でこうした「大切なもの」をじっと守りながら一歩一歩、歩んだのが中村医師だったと思うのです。

いま世界を社会に溢れる差別やヘイト、その行き着く先が、戦争なのだと思います。それぞれの民族や国、社会にはさまざまな違いがあることは当たり前です。こうした不穏な世界の中を私たちはどの道を進むべきなのか。中村医師の温かく鮮烈な生き様が進むべき道を示していると感じています。

谷津賢二さんと、中村哲医師
谷津賢二監督と、中村哲医師